一
原稿の最後の行は、句点のないまま途切れていた。
――そうして彼は、扉の前で
立花千尋はその一行を三度読んでから、紙の束を作業台に戻した。八百二十七枚。四十年分の重さが、まだ指先に残っている。後筆社の作業室は北向きで、午後になっても照明を落とせない。壁ぎわの除湿機が低い音で回り続けていた。紙を預かる仕事をしていると、湿度にだけは神経質になる。
「主人は、書き上げるつもりでいたんです」
向かいの椅子で、宮下佐和子が言った。七十四歳。四十九日を過ぎて間がないことを、着ているものの色が控えめに示していた。
「最後の年も、毎朝六時に机に向かって。……終わりが見えてきた、と言っていました」
「見えていたと思います」千尋は答えた。「構成が、そう組まれていますから」
嘘ではなかった。物語は明らかに終盤に入っていた。『みずうみの家』というその長編は、湖のほとりの家に代々住み継ぐ一族の話で、四十年かけて積み上げられた伏線が、残り数十枚で畳まれる配置になっている。あと少しだったのだ。あと少しのところで、宮下欣一は死んだ。
「一周忌に、間に合わせたいんです」
佐和子は鞄から封筒を出した。後筆社の見積書だった。遺稿補筆――故人の未完の原稿を、本人の文体を学習したモデルに書き継がせる仕事。十年前には冒涜と呼ばれ、いまは葬儀社が提携先として紹介してくる。
「わたしの仕事は、書くことではありません」千尋は言った。「どこで機械を止めるかを決めることです」
佐和子は、よくわからない、という顔をした。たいていの依頼人がそうする。
「補筆モデルは、いくらでも書けます。百枚でも千枚でも、ご主人の文体で。難しいのは書かせることではなく、やめさせることなんです」
「……やめさせる」
「ご主人が書いたはずの分だけを書かせます。それ以上は、もうご主人ではありませんから」
佐和子はしばらく黙っていた。それから原稿の束にそっと手を置いた。爪を短く切りそろえた手だった。指の関節が太い。長く水仕事をしてきた手だ、と千尋は思った。
「お願いします」
帰りぎわ、玄関の三和土で靴を履きながら、佐和子は振り返って言った。
「あの人、四十年のあいだ、この話のことをわたしに一度も聞かせませんでした。読ませてくれたのも、死んでからです」
千尋は何と答えるべきか迷って、結局、原稿はお預かりします、とだけ言った。
二
学習には三日かかった。
刊行された長編が四冊、短編が三十七本、同人誌時代の習作、四十年分の日記、そして未完の原稿そのもの。合わせて二百万字ほど。補筆モデルにとっては、少なすぎも多すぎもしない量だった。
宮下欣一は、売れた作家ではなかった。三十代で新人賞の候補になり、四十代で長編を二冊出し、そのあとは十年ごとに一冊。書評に名前が載ったのは生涯で四度。本業は水道局の職員で、定年まで勤めあげている。
四日目の朝、千尋は最初の生成を読んだ。
悪くなかった。むしろ、良すぎた。
主人公は湖畔の家の扉を開け、そこで待っていたものと向き合い、四十年分の問いに答えを出していた。文体は模写として精密で、比喩の癖も、読点の打ち方も、宮下欣一のものだった。読み終えて、千尋は胸のあたりに小さな満足が生まれるのを感じ、そして、その満足を疑った。
十年この仕事をして、覚えたことがひとつある。補筆が良すぎるときは、たいてい原稿のほうに何かがある。
彼女は原稿を並べ直した。八百二十七枚を書かれた順に、五十枚ごとの区間に割って、解析をもう一度かけた。
グラフは、六百枚を過ぎたあたりで段差をつくっていた。
一文の長さのばらつきが、そこから先で目に見えて小さくなっている。語彙の分布がなだらかになり、同じ助詞が二度続く箇所が消え、読点の位置が、呼吸ではなく規則で決まっている。人の書くものにあるはずの、疲れや気まぐれのむらが、そこから先にはなかった。
千尋自身も、二十代の終わりまでは書いていた。同人誌に六本、小さな賞の二次選考に一度。三十を過ぎたころ、自分の書いたものを読み返して、どこにも自分の癖がないことに気づいた。誰が書いてもこう書くだろうという文章だった。それきりやめた。この仕事を選んだのは、たぶんその続きだ。
三
日記は、答えをあっさり差し出した。
六十八歳の秋、宮下欣一は頸椎の手術を受けている。経過は悪くなかったが、右手の指先の感覚が戻らなかった。キーボードを打つと、打ったつもりのない文字が混じる。一日に三十行が限度になり、やがて十行になった。
その年の日記は、途中から字が大きくなっていく。書きにくかったのだろう。
その冬の欄に、こうあった。
――ソエを入れた。恥ずかしくて誰にも言えない。
執筆支援モデル「ソエ」。当時いちばん売れていた市販品だ。書きかけの文の続きを三つ示し、選ばせる。選ばなければ消える。それだけの、素朴な道具だった。
――今日は三十行。うち、自分で打ったのは四行。
――機械の出した文に頷いてしまう自分が情けない。だが、頷けるということは、あれはわたしの文なのではないか。
――若い頃、机の前で二時間、一行も書けずにいたことがある。あのときと何が違うのか、まだ言葉にできない。違わない気もする。
――佐和子には言えない。言えば、そんなの気にすることないと言うだろう。そう言われてしまうのが怖い。
――わたしが四十年かけて覚えたのは、書くことではなく、これでいいと決めることだったのかもしれない。それなら、わたしはまだ書いている。
千尋は画面から目を上げた。除湿機が止まり、部屋がふいに静かになった。
つまり、補筆モデルが学習した「宮下欣一の文体」のうち、原稿の後半四分の一は、すでに機械に均されたあとの文体だった。彼女が再現しようとしていたのは、人と機械が七年かけて作った合金だったのだ。
四
千尋は、そのことを佐和子に伝えた。伝えないという選択肢もあったが、十年やってきて、伝えなかった仕事はひとつも良くならなかった。
「知っていました」
佐和子はそう言って、湯呑みを両手で包んだ。応接室の窓は南向きで、この部屋だけは明るい。
「使っていることは。どのくらい使っていたかは、知りませんでした」
「六百枚から先です。ご主人の署名で出た最後の短編集も、おそらく」
佐和子はゆっくり頷いた。怒りも落胆も、顔には出なかった。
「……あの人、機械に書かせたと言われるのを、怖がっていました。新聞でそういう話が出るたび、黙ってしまって」
「いまでも、そう言う人はいます」
佐和子は、湯呑みを見ていた。何も言わなかった。
千尋は、用意していたもう一つの案を口にした。六百枚までの原稿だけで学習し直すこともできる。機械を知らなかったころの宮下欣一に、終わりを書かせる。そのほうが純粋だと考える遺族は多い。
佐和子は首を振った。
「手が動かなくなってからのあの人も、あの人です。そこだけなかったことにするのは、ひどい」
それから、少し笑った。
「あの人、洗濯物のたたみ方だけは、最後まで自分でやっていました。下手なんですよ。でも、そこは譲らなかった。……そういう人です」
子どもたちは、お母さんの好きにしたらいい、と言っているそうだ。二人とも遠くに住んでいて、一周忌にだけ来る。
その日、千尋は仕様書の備考欄に、学習範囲は全期間、除外なし、と書いた。
五
原稿を返しに行った日、千尋は書斎を見せてもらった。
六畳の洋間で、北向きだった。後筆社の作業室と同じだ。机の上は片付いていて、ペン立てに万年筆が一本立っている。インクは乾いていた。何年も使われていないのが、握りの汚れ方でわかった。
「それ、うちの子たちが定年のときに贈ったものです」と佐和子が言った。「一度も使いませんでした。もったいながって」
壁に、写真が一枚だけ貼ってあった。画鋲で四隅を留めた、色の褪せた湖の写真。手前に葦があり、対岸は霞んでいる。どこにでもありそうな湖だった。
「これが、あの湖ですか」
「本人はそう言っていました。二十二のときに一度だけ行った湖だそうです。会社の旅行で、一泊。それきり行っていません」
「一度だけ」
「誘ったことはあるんですよ。車で三時間ほどですから。でも、行かないって。……行くと、書けなくなるからって」
千尋は写真をもう一度見た。対岸の霞んだあたりに、家らしいものは写っていない。湖畔の家は、五十年かけてこの写真の余白に建てられたのだ。
帰りぎわ、彼女は机の引き出しを一つだけ開けさせてもらった。仕事のためだと断って。中には、ソエのパッケージが入っていた。開封済みで、しかし箱ごと丁寧にとってある。裏返すと、値札のシールがまだ貼ってあった。
六千八百円。
六
最後に確認したのは、ソエの入力ログだった。
支援モデルは、いつ何を提示し、書き手が何を選び、何を捨てたかを残す。宮下欣一のログは七年分あり、最後の記録は三月四日の午前六時十二分から、六時五十分までだった。
その三十八分間に、彼は一行しか書いていない。
ソエは三度、続きを示していた。一度目、彼は提示を消した。二度目、消した。三度目も消した。そして一文字ずつ打った。途中で二度戻り、打ち直している。最初は「そして彼は」だった。それを消して「そうして彼は」にしている。
――そうして彼は、扉の前で
そこでログは終わっている。次の記録はない。彼が倒れたのは、その日の午前中だった。
千尋は椅子の背にもたれ、しばらく天井を見ていた。
七年ぶりだったのだ。彼が、機械を一度も通さずに書いた行は。最後の朝に、彼はそれをやった。三つの候補をぜんぶ捨てて、動かない指で、自分の文を一行だけ。
その先を、機械に書かせる。
七
一周忌の三週間前、千尋は佐和子に二つのものを渡した。
一つは補筆版だった。四十二枚。主人公は扉を開け、四十年分の問いに答えを出し、物語は閉じる。読めば誰もが、宮下欣一の遺作が完成したと思うだろう。千尋はその四十二枚を、三日かけて削り、足し、七度直した。自分の癖が一文字も混じらないように。
もう一つは、入力ログの最後の三十八分を、時刻とともに紙に起こしたものだった。消された三つの候補も、打ち直しの跡も、すべて残した。
佐和子は、補筆版を先に読んだ。三十分ほどかけて、ゆっくりと。ときどき指で行をなぞりながら。読み終えて「ありがとうございます」と言った。それからログを読んだ。こちらは五分もかからなかった。
それきり、長いこと何も言わなかった。応接室の窓から入る光が、湯呑みの縁で細く光っていた。
やがて佐和子は、原稿の最後の一枚を抜き出して、机の上に置いた。句点のない一行と、その下の白。
「ここで終わりにしてください」
千尋は補筆版の束を見た。四十二枚。三日分の手間と、十年分の技術。
「よろしいんですか」
「あの人は、扉の前まで行ったんです」佐和子は言った。「四十年かけて、そこまで」
それ以上は言わなかった。千尋も、訊かなかった。
八
一周忌に配られた私家版は、二百部刷られた。装丁は佐和子が選んだ。湖の色でお願いします、と印刷所に言ったそうだ。
最後のページには、句点のない一行だけが組まれている。その下は白い。奥付の前に、一行の付記がある。
――本書は未完である。著者の意思により、未完のまま置く。
その付記の文言を決めるのに、二人で一時間かかった。「未完のままとする」では硬い、「未完のままにしておく」では甘い。置く、で落ち着いたとき、佐和子は満足そうに頷いた。最後の短編集のことは、書かないと佐和子が決めた。あれは、あの人が出したものだから、と。
千尋はその夜、事務所に戻って、補筆版のファイルを開いた。誰にも読まれないと決まったものを、最後にもう一度だけ読んだ。やはり良く書けていた。最後の二行は、こうだった。
――扉は、思っていたよりも軽かった。彼は湖のにおいを一度だけ吸って、家に入った。
宮下欣一が書いたかもしれない結末だった。誰が書いてもこう書くだろう結末でもあった。
読み終えて、削除した。