上の家の風呂がわくと、その家の子どもが坂を下りてきて、戸口から声をかけた。さとは柴を一束背負い、姑と亭主のあとについて坂を上がった。嫁に来て二度目の冬で、さとは二十三になっていた。
風呂は庭の隅の小屋にあり、桶のなかには板で囲った鉄の筒が一本立っていた。柴を筒の口から落としこんで燃やすと、湯は上のほうから熱くなり、底のほうはいつまでもぬるかった。もらいに来る家はそれぞれ柴を一束ずつ置いていった。さとは、だれが湯につかっていても筒の横に立って、柴を落とす役もした。煙が小屋の天井にこもって、目にしみた。村で風呂のある家はほかに名主の家しかなく、そこの風呂にはそこの家の者しか入らなかった。
女は、男たちがみな上がってから入った。上の家にも十七の嫁がいて、さとはその嫁のあとの、いちばんしまいだった。
落とす柴は、さとの番にはもう残っていなかった。湯は胸のあたりだけがぬるく、足のほうは冷たかった。浮いた垢で、桶の底は見えなかった。筒だけがまだ熱かったから、さとは体を縮めて、板の囲いから離れたところに沈んだ。桶の底の木目を、さとは一度でいいから見てみたかった。
坂の土が霜で白く浮きあがるころ、上の家の垣根の柚子が色づいた。おかみは冬至の晩には籠に柚子をいくつも摘んできて、旦那が入る前に湯に放る。去年、さとの番が来たときには、柚子は男たちの足に踏まれて皮が裂け、実が湯のなかにほどけていた。
上の家の囲炉裏のまわりから土間にかけて、今年も十人ばかりが待っていた。空の籠を提げたおかみが小屋から戻ってきて、旦那が腰を浮かせた。
「おかみさん」とさとは言った。「今夜は、わたしを一番に入れてください」
姑の指がさとの袖をつかみ、旦那は腰を浮かせたまま止まった。おかみはしばらく、さとの顔を見ていた。
「いいよ。入んな。そのかわり、あんたのとこは、もう来なくていいよ」
袖をつかんでいた姑の指が離れ、土間の隅で、亭主が一度ほどいた柴の縄をまた結んだ。
小屋に入ると、まるいままの柚子が七つ浮いていて、そのあいだから桶の底の白い木目が見えた。足を入れると、さら湯は肌を刺した。さとは息を止めて肩まで沈み、痛いのがおさまるまでそのまま動かなかった。母屋のほうから、待たされている男たちの声が聞こえていた。
亭主はさとの背負ってきた柴をかついで、先に立って坂を下りていった。姑はひとことも口をきかなかった。さとの体は家に着いても、まだほてっていた。
姑は土間に入るなり釜に水を張り、亭主のかついできた柴を竈にくべた。わいた湯を盥にあけると、亭主が先に手拭いをしぼって体を拭き、そのあとで姑が拭いた。
盥の湯は、二人の垢でうすく濁ってから、さとの前に回ってきた。