ぼくの前歯は、プールのときからぐらぐらしていた。
上の、右のやつ。舌でおすと、前にかたむく。もどすと、もどる。プールの水の中でやると、水が歯のうしろに入ってきて、つめたい。
ぼくは七さいの二年生で、歯はまだ一本もぬけていない。クラスでぬけていないのは、ぼくと、ゆうなだけだ。ゆうなは女子だから、数に入れない。たけるは、八本ぬけている。
たけるはぼくのとなりの席で、ぼくの歯を見ると、ゆびでおす。
「まだある」
「さわるな」
「ぐらぐらじゃん。ぬけよ」
たけるは給食のたびに、おしに来る。ぼくはさわるなと言う。たけるはおす。歯は、たけるがおすほうに、かたむく。
おじいちゃんは、糸でぬけと言う。歯にむすんで、ドアのとってにむすんで、ドアをしめる。おじいちゃんは小さいとき、全部それでぬいたそうだ。
「やだ」
「いたくない。一回で、すっとぬける」
「やだ」
お母さんは、ほうっておけばぬける、と言う。お父さんは、歯医者さんに行くか、と言う。ぼくは、歯医者さんにも行かない。歯は、ぼくのだ。
セミがいなくなって、運動会があった。りんごを前歯でかじると、歯がうごいて、かじれない。おくの歯でかじった。たけるのお母さんが、となりのシートで、見ていた。
歯は、横をむいた。
前にかたむくのではなくて、右に、ねじれるみたいに、むいた。舌でおしても、もとにもどらない。鏡で見ると、ぼくの前歯は、一本だけ、よそのほうをむいている。
たけるは、ねじれた歯を見て、わらった。
「それ、もう、ぬけるよ」
「ぬけない」
「ぬけるって。おれがぬいてやる」
たけるは、ぼくの歯を、ゆびでつまんだ。ぼくはたけるのうでを、かんだ。歯が横をむいていたので、かんだのは、おくの歯だった。たけるは、ぼくの歯よりも、ぼくがかんだところを、先生に見せた。
先生は、ぼくに、どうしてかんだのか、と言った。歯は、ぼくのだからです、と言った。
息が白くなって、こたつが出た。歯は、まだあった。ねじれたまま、ぐらぐらしないで、そこにあった。このまま、大人の歯になるのかもしれない。それでもいいと思った。お正月に、おもちを食べた。
おじいちゃんが、やいたのを、しょうゆにつけて、のりでまいた。前歯でかじった。おもちはのびて、口から出て、のびたぶんが、ぼくの歯をつれていった。根っこのところが、ちょっと赤かった。
おじいちゃんは、上の歯だから、えんの下に入れろと言った。そうすると、下にむかって、ちゃんと生えるそうだ。お母さんは、とっておくと言った。お父さんは、写真をとった。
ぼくは、歯を、ぬるぬるのおもちごと、のみこんだ。
たけるは、学校がはじまった日に、ぼくの口を見て、ゆびをつっこんできた。すきまに入った。
「ぬけたじゃん」
「ぬけてない。食べた」
ぼくの歯は、おなかの中にある。そこで、ほかの骨とくっついて、どこかの骨になった。