一
月曜の朝、返却ポストを開けるのはわたしの仕事だ。
週末のあいだに投函された本が、金属の箱の底に重なっている。多いときで六十冊、少ないときで二十冊。ブックトラックに移して、一冊ずつバーコードを読み、返却処理をする。その途中で、栞代わりのレシートや、子どもの絵や、たまに一万円札が挟まっているのを見つけるのも、わたしの仕事のうちに入る。
四月の第二月曜、四十三冊目の本が、そのどれとも違っていた。
バーコードがなかった。
背に貼ってある分類ラベルは、いまの様式ではない。手書きの数字で、四八八。鳥類。その下に、古い登録番号の判子。表紙をめくると、見返しに紙のポケットが貼ってあり、そこに厚紙のカードが差してあった。貸出カード。いまの建物になる前、ここが町立の図書室だった頃の方式だ。借りる人が自分でカードに名前と日付を書き、カードは本に挟んだまま持ち出す。誰が何を借りているかは、返ってくるまで誰にも分からない。返ってこなければ、ずっと分からない。
ポケットの隣には返却期限票。最後のスタンプは、一九九六年四月十四日だった。
三十一年前。
わたしは名札を胸に留め直した。早川都。レファレンス担当。この図書館に来て三年、正規になって一年。三十一年遅れの返却は、初めてだった。
書名は『野鳥観察ハンドブック 庭と水辺で見る一〇〇種』。一九八一年刊。函はなく、カバーもない。それなのに、本は驚くほどきれいだった。背は割れていない。小口に日焼けがない。三十一年のあいだ、光の当たらない場所で、大切にされていたか、忘れられていたか、どちらかだ。
貸出カードを抜いた。
罫線の入った厚紙に、借りた人の名前と日付が上から順に書かれている。一九八〇年代の名前が五つ。どれも几帳面な、あるいは子どもらしい、いろいろな字だ。そして六行目。日付は一九九六年三月二十四日。名前の欄は、消しゴムで消してあった。
消した跡は、新しかった。
三十年前に消したものなら、紙は落ち着いている。これは、紙の繊維が起きていて、周りの黄ばみの中で、そこだけ白い。消したのは、ここ数日のことだ。
わたしはカードをポケットに戻し、本を閉じて、ブックトラックの端に置いた。四十四冊目に手を伸ばす前に、もう一度だけ、本の匂いを嗅いだ。
古い紙の匂いの奥に、樟脳。それから、もうひとつ。酸っぱいような、香ばしいような、うまく言えない匂いが、かすかにあった。
二
「除籍済みですね」
背の登録番号で引くと、先輩の栗原さんが画面を覗き込んで言った。一九九九年、蔵書点検で所在不明、除籍。つまりこの本は、二十八年前に、うちの蔵書であることをやめている。
「処分でいいんじゃない。書き込みもあるし」
督促の記録はなかった。あるはずがない。カードごと本を持ち出す方式では、誰に督促すればいいのか、図書館の側には分からないのだ。一九九六年の春に誰かが借り、返さず、三年後の点検で本がないことだけが分かった。それが記録のすべてだった。
書き込みは、あった。鉛筆で、本文の余白に、小さく。
三・二六 庭 メジロ 二羽
三・二八 川 カワセミ 見えず 声だけ
三・三〇 台所の窓 ジョウビタキ ♀
四・六 カワセミ。とうとう。
それで終わっている。四月六日から先は、どのページにも何もない。返却期限の八日前だ。
書き込みは、カワセミのページに集中していた。図版の横に、小さな矢印。「嘴の下が赤いのが♀」と、図鑑に書いてあることを、わざわざ書き写している。初めて図鑑を持った人の書き方だ。それが三月二十六日に始まって、四月六日に終わる。十二日間。
字は、大人のものだった。少し右上がりで、筆圧が強い。数字の七に横棒を入れる癖がある。貸出カードの消された欄に書かれていた名前と、同じ人の字かどうかは、消えているので分からない。
「早川さん、それ、どうするの」
「少し、預かります」
栗原さんは肩をすくめて、予約棚のほうへ行った。
わたしは本を事務室の自分の机に置き、午前中は督促の電話をかけた。三週間以上遅れている人に、順番に。怒らず、急かさず、返却日を確かめるだけ。この仕事は、たぶん、わたしに向いている。頼まない。確かめるだけだ。
三十一年遅れで来た人のことを、電話の合間に、考えていた。
名前を消して、本を返す。返さなければ、誰にも分からなかった。督促は来ない。除籍された本を、誰も探していない。それでも返した。返したけれど、誰が返したかは、知られたくなかった。
そして、鉛筆の書き込みは消していない。
名前は消したのに、四月六日のカワセミは残した。それは、消せなかったのだと思う。消したくなかった、のほうが近いかもしれない。
三
芦田さんに話したのは、その日の帰り道だった。
去年の秋から、同じ電車の同じ車両で、ときどき一緒になる。北口を出て、マンションまでの八分を、並んで歩く。話すこともあれば、話さないこともある。芦田さんは、話さないことを気にしない人だ。わたしも、そうだ。
半年、それだけを続けている。約束をしたことはない。同じ電車に乗り合わせたら歩く。乗り合わせなければ歩かない。それがちょうどよくて、ちょうどよさに、少し甘えている。
「消した跡ですか」
芦田さんは、そこに反応した。
「うちの仕事でも、たまにあります。事故の報告書で、日付や数字を消して書き直してあるやつ」
「読めるんですか」
「横から光を当てると、読めることがあります。鉛筆は、消しても紙に溝が残るので。怪しいと思った書類は、まずそれをやります」
それから、少し黙って、付け足した。
「読めても、読んだことは、報告書に書きません。書くのは、読めた数字のほうだけです」
「読んでみます」とわたしは言った。
「読んで、どうするんですか」
「どうもしません。確かめるだけです」
芦田さんは、頷いた。それ以上は訊かなかった。
翌朝、事務室の窓のブラインドを細く開けて、机の上のカードに横から光を当てた。
溝は、あった。二文字の姓と、二文字の名。姓のほうは、読めた。志村。名のほうは、最初の一字が「直」で、次は分からなかった。
志村、直。直子か、直美か、直人か。一九九六年三月に、この図書館で鳥の図鑑を借りた人。字の溝は、丸くて、若い。書き込みの右上がりの字とは、違う人だ。
わたしはそれを、どこにも書かなかった。
四
木曜の午後、ぬか床の人が来た。
わたしが心の中でそう呼んでいるだけで、名前は知らない。返却処理をすれば端末に出るが、目を止めない。利用者の名前は、その場で忘れる。非常勤のころに、そう決めた。二十代の終わりくらいの男の人で、去年の春の終わりから、ぬか床と漬物の本ばかり借りていく。『ぬか漬けの科学』『はじめての発酵』『祖母の台所』。たいてい返却が三日か四日遅れて、そのたびに、カウンターで小さく頭を下げる。
覚えているのは、遅れるからではない。返ってきた本の、匂いだ。
酸っぱいような、香ばしいような、うまく言えない匂い。ぬか床の匂いだと、『ぬか漬けの科学』の返却処理をしたときに、初めて知った。彼の指先から本に移るのだろう。かすかで、嫌な匂いではない。台所の匂いだ。
彼はその日、二冊を返して、一冊を借りた。返却は四日遅れ。
「すみません。今日は半休をもらって、祖母の家を、片付けていて」
訊いてもいないのに、そう言った。言い訳の癖がある人なのだと思う。
「祖母が施設に入ってから、母が月に一度、風を通しに行っていたんですけど、ぬか床のことで、僕も行くようになって」
「ぬか床のこと」
「入っているものを、探していて。祖母が、教えてくれないので」
彼は、それで話を終えた。バーコードを読んで、新しい本を渡す。『台所の民俗学』。三週間後が返却日です、と言うと、彼はまた小さく頭を下げて、出ていった。
わたしは、彼が返した二冊を、鼻に近づけた。
同じ匂いだった。事務室の机の上の、三十一年遅れの本と。
気のせいかもしれない、と一度は思った。返却ポストの中で、週末のあいだ、ほかの本と重なっていた匂いかもしれない。事務室に戻って、もう一度、鳥の本の見返しを嗅いだ。樟脳の下に、やはり、あった。彼が触ったから付いたのか、三十一年、ぬか床のそばにあったから染みたのか。どちらでも、同じことだった。
五
夜、マンションまでの八分で、芦田さんに言った。
「分かりました。たぶん」
「誰か、ですか」
「名前は、知りません。顔は、たぶん。それより、どういう人か、が分かりました」
芦田さんは、それで通じる人だ。
「三十一年前、若い字の人が、鳥の本を借りた。書き込んだのは、別の人。庭と台所の窓と川で鳥を見て、四月六日に、とうとうカワセミを見て、それから、書かなくなった。本は返されずに、台所のどこかに、三十一年あった。家は、いま、片付けられている。片付けている人が本を見つけて、カードの名前を消して、返却ポストに入れた」
「名前を、消して」
「借りた人の名前で返せば、その人が、三十一年遅れの人になる。それは、させたくなかった。でも書き込みは、消せなかった」
「書き込んだ人は」
「もう、訊けない人なんだと思います。訊ける人の本なら、訊けばいい。訊けない人の本だから、消せなかった」
「その先は」
「その先は、決めつけになります」
北口のロータリーを、最終に近いバスが出ていった。芦田さんは、しばらく黙って歩いてから、言った。
「僕は、その本の人と、似てるかもしれません」
「どこが」
「返すけど、名乗らない。それで、いいと思ってる」
それから、少し笑った。
「去年の十月まで、そうでした」
その言い方を、しばらく持って歩いた。
マンションの前で、別れる前に、言った。
「芦田さん。今度の日曜、時間がありますか」
「……あります」
「川を見に行きませんか。カワセミが、いるらしいので」
芦田さんは、一拍おいて、「傘は」と言った。
「要りません。晴れの予報です」
六
金曜の朝、わたしは館長に、その本の話をした。
除籍済みで、書き込みがあり、返却者不明。処分が規定です、と館長は言った。わたしは、寄贈として受け入れることはできますか、と訊いた。
寄贈図書の受け入れは、担当が起案して、館長が決める。書き込みのある本は原則として受け入れない。ただし、郷土資料としての価値があれば、この限りではない。一九九六年の春に、この市の庭と川で、どの鳥がいつ見られたか。それは、小さいけれど、記録だ。
館長は、書き込みのページを、ゆっくりめくった。
「四月六日、カワセミ。とうとう」
「はい」
「寄贈者は」
「不明で、起案します」
「郷土資料ね」
館長は、そう言って、本を返してくれた。それが、承認だった。
わたしは本に新しいバーコードを貼り、一階の奥の、郷土資料の棚に置いた。四八八の棚ではない。貸し出しはできない棚だ。貸出カードは抜いて、封筒に入れ、付属資料として書庫に置いた。消された名前は、そのままにした。
その日曜、わたしは芦田さんと川へ行った。
声がして、芦田さんが、見た、と言った。わたしは見ていない。橋の下の、水の上を、青いのが横に走った、と芦田さんは言った。わたしが見たのは、それを言うときの芦田さんの顔だけだった。鉛筆を持っていないことを、芦田さんは残念がった。帰りに、駅前の文房具屋で、二人で一本ずつ買った。
それから、三週間が過ぎた。
ぬか床の人は、『台所の民俗学』を、四日遅れで返しに来た。カウンターで、小さく頭を下げる。わたしはバーコードを読み、返却処理をして、本を受け取った。
そして、言った。
「鳥の本、郷土資料の棚にあります。一階の奥です。貸し出しはできませんが、いつでも読めます。書き込みは、そのままにしました」
彼は、動かなかった。
わたしは、それ以上は言わなかった。訊いてもいない。名前も呼んでいない。ただ、本がどこにあるかを、伝えただけだ。
彼は、長いこと、カウンターの木目を見ていた。それから、顔を上げずに、言った。
「……ありがとうございます」
「返却、ありがとうございました」
彼は、それから、ポケットから小さな瓶を出して、カウンターに置いた。ジャムの空き瓶に、乾いた黒っぽい粒が入っている。
「祖母の家で見つけました。台所の、同じ引き出しに。……何か分からないんです。山椒の実じゃない。あれはもっと小さい。梅か、何かの実か。祖母が、ぬか床に入れているものかもしれなくて。祖母は、まだ教えてくれないんですけど。本と、一緒に入ってました」
わたしは瓶を見た。
「それは、お持ち帰りください」とわたしは言った。「図書館には、置けないので」
彼は、瓶をポケットに戻した。少し、笑ったように見えた。
彼は帰らなかった。一階の奥のほうへ歩いていって、郷土資料の棚の前で、しばらく立っていた。本を抜いたかどうかは、わたしの席からは見えなかった。
見なくていいことだと思った。