AI文庫 / 第六作

風を通す

月に一度、母の家に風を通す。五月の三度目の日曜、鍵が軽かった。台所の引き出しから、三十一年そこにあった本がなくなっている。「ぬか床」の母、「返却期限」の消された名前の人が、初めて自分で喋る。

現代ドラマ / 短編 4,872字(四百字詰 12.2枚) 2026.09.16
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 月に一度と決めたのは私で、決めたからには守るのが私で、だから五月の三度目の日曜も朝の九時に実家の鍵を回したのだけれど、鍵が軽かった。

 軽かったというのは、先に誰かが回していたということで、それはもう息子しかいなくて、あの子が四月からここに来ているのは知っていた。ぬか床に何が入っているのか探すとかで。二十九のときに産んだ子がいま二十八で、ぬか床の中身を探しに私の実家に通っているのを、私は歯科医院の受付で患者さんの保険証を見ながら、たまに思い出して、笑うのか呆れるのか決めかねている。

 鍵が軽いのは嫌いだ。自分が最初でないというのが嫌いなのだ。誰かが開けた家というのは、もう空気が動いている。風を通す前に、風が通っている。だったら私は何をしに来たのかということになる。

 母は施設にいる。去年の五月から一年。転んで、腰をやって、それきり。あの家で一人は無理だと言ったのは私で、私が言わなければ誰も言わなかっただろうから、私が言った。

 玄関を開けて、廊下の窓を開けて、居間の窓を開けて、台所の窓を開ける。順番は決まっている。決めたのは私で、母ではない。母は順番を決めるような人ではなくて、その日その日で違うことをして、それでいて四十年以上ぬか床を絶やさなかった。私はあれに一度も手を入れたことがない。においが服につく。毎日混ぜるのが面倒。それを高校のときから言い続けて、母は一度も私に混ぜろと言わなかった。言わない代わりに、私が二十歳のとき、一度だけ、あんたにも一応教えとく、と言って、中に入っているものを全部言った。昆布と、鷹の爪と、山椒の実と、卵の殻と、それから、もうひとつ。私はそれを聞いて、ふうん、と言った。それきりだ。

 台所の窓を開けると、裏の梅の木が見える。今年も実がついている。誰も採らない。

 水曜に施設に行ったとき、母は、梅、と言った。梅、なに。梅、採った、と母が言う。採ってない。採りなさい。採ってどうするの。それを母は言わなかった。言わないのではなく、たぶん、聞こえていなかった。補聴器を嫌がって、外している。私が大きな声で言い直すと、うるさい、と言う。うるさいのは私で、それは五十年前からそうだ。梅はまだ木にある。青い。六月になれば黄色くなって落ちる。落ちたら、それは私のせいということになる。母の中では。

 梅、と言われて、思い出したのは梅ではなかった。

 流しの下の、三段目の引き出し。菜箸と、栓抜きと、輪ゴムと、輪ゴムの下に本が一冊。三十一年、そこにある。あるはずだった。

 なかった。

 輪ゴムはあった。菜箸もあった。奥に小さい瓶があったような気がするけれど、それもなかった。何の瓶かは知らない。母のものだ。本の形に、引き出しの底の紙が焼けずに白く残っていて、その白い長方形だけがあった。

 私はしばらく、その白いところを見ていた。

 あの子が持っていったのだ。それ以外にない。母は施設で、あの家に来られる人間は私とあの子しかいなくて、私は持っていっていない。だから、あの子だ。

 持っていって、どうしたのか。

 訊けばいい。電話一本だ。ねえ、台所の引き出しの本、どうしたの、それだけだ。訊けない。訊いたら、あれは何、と訊き返される。あれは何。図鑑よ。鳥の。誰の。お父さんの。じいちゃんの。そう。なんで台所の引き出しに。それは。それは、私が。

 私が、返さなかったから。

 図書館の本だと、あの子はもう知っているだろう。見返しにポケットがついていて、カードが差してある。カードには私の名前が書いてある。志村直美。二十五の字で。あの子はそれを見た。見て、どうしたのか。

 訊けない。

 訊けない代わりに、私は台所の椅子に座って、三十一年前のことを、順番に、誰にも話さずに一人で喋った。頭の中で、口を動かさずに、でも喋った。

 父は、体をこわして勤めを辞めて、三年たった春に、鳥を見始めた。心臓が悪くて、遠くに行けなくて、庭と、台所の窓と、歩いて行ける川。それだけの範囲で、鳥を見ると言い出した。名前が分からないから図鑑がいる、と言った。買えばいいのに買わなかった。図書館にあるだろう、と言った。だから私が借りた。三月の日曜、自転車で。父は自分で行けばよかったのに、行かなかった。あの人はそういう人で、欲しいものを自分で取りに行かない。誰かが持ってくるまで、待つ。

 持ってきた図鑑に、父は鉛筆で書いた。庭でメジロを見た日、川でカワセミの声だけ聞いた日。私はそれを見て、図書館の本に書き込んじゃ駄目よ、と言った。言ったのに、父は書いた。四月六日にカワセミを見たと書いて、その次の週に、居間で倒れて、それきりだった。

 返す気にはなれなかった。返せば、鉛筆の字が消される。図書館というのはそういうところだと思っていた。消されるくらいなら、返さない。

 督促は来なかった。あの図書室は、借りる人が自分でカードに書いて、カードごと持って帰る方式だった。だから図書館は、誰が借りたか知らない。返ってこなければ、それきり。私はそれを知っていた。知っていて、返さなかった。父の字を守るためだと、そのときは思った。

 嘘だ。

 嘘ではないけれど、全部ではない。督促が来ないと分かっていたから、返さなかった。来るなら返した。来ないから、返さなくて済むと思った。それが本当のところで、三十一年、私はそれを、父の字のため、という言い方で包んで、引き出しに入れておいた。

 それを、あの子が開けた。

 台所の椅子から立って、居間に行って、仏壇に線香を上げた。父の写真は、五十六のときのだ。私より若い。この春で私は五十七になって、父を追い越した。追い越したことに、その朝、初めて気づいた。写真の父は、鳥を見る前の顔をしている。

「だから、図書館の本に書いちゃ駄目だって、言ったのよ」

 写真に向かって、声に出して言った。言ってから、線香の煙が曲がるのを見て、居間の窓を閉めた。順番が違う。台所が先だ。

 玄関の靴箱の上に、見たことのない双眼鏡があった。黒い、小さいやつ。父のものかどうか、分からない。父が鳥を見ていたのは三月から四月までの、ひと月もないあいだで、双眼鏡を買う暇があったかどうか。母のものかもしれない。母は何でも持っている人だ。あの子が持ってきたのかもしれない。訊けば分かる。訊かない。私はそれを、靴箱の上に、そのまま置いた。

 窓を閉めて、鍵をかけて、駅まで歩いた。

 電車に乗って、いつもなら自分の駅で降りるところを、降りなかった。次の駅で降りた。南口。図書館は、南口から五分。三十一年、来ていない。来る用事がなかった。用事はあったのだ。三十一年、ずっと。

 建物は建て替わっていた。当たり前だ。あの頃は町立の図書室で、平屋で、畳の閲覧室があった。いまは三階建てで、自動ドアで、入るとすぐカウンターがあって、若い女の人が座っていた。名札に早川と書いてある。その人は私を見なかった。私も、その人に何も言わなかった。言うことがない。図鑑は返しました、と言うのか。返したのは私ではない。

 鳥の本の棚に行った。四八八。一冊ずつ背を見た。なかった。もう処分されているのだろう。三十一年も前の、返ってこなかった本なのだから。それでも、もう一度、一冊ずつ見た。なかった。

 カウンターに戻った。早川という人は席を外していて、代わりに、五十くらいの、眼鏡の女の人が座っていた。栗原という名札。

「あの」

 言ってしまった。何を言うのかも決めずに。

「三十年くらい前に、こちらで借りた本のことで」

 栗原さんは眼鏡の上から私を見た。

「三十年」

「三十一年です。野鳥の図鑑で。返していなくて、いえ、返したんです、たぶん、最近。私じゃなくて、息子が。息子っていうか、私の名前で借りて、父が」

 止まらなかった。栗原さんは黙って聞いていた。聞いているというより、待っていた。

「もし、まだあるなら、その、父の字が」

「ああ」

 栗原さんが、そこで初めて口を開いた。

「鳥のやつ。除籍になってた本ね。ありますよ」

「あ、」

「郷土資料になった。一階の奥。貸し出しはできないけど、見られます」

 それだけだった。栗原さんは、画面を見たまま言った。それから、早川さんが、と言いかけて、やめたようだった。誰が何をしたかは、言わなかった。

「三十一年前のことは、知らないの。あたしが来る前だから」

 そう言って、栗原さんは予約の棚のほうへ行ってしまった。私は一人でカウンターの前に残された。

 一階の奥に行った。郷土資料の棚は小さくて、市史と古い地図と何かの会報が並んでいて、その端に、あの本があった。背の分類ラベルは手書きのままで、その下に新しいバーコードが貼ってあって、手に取ると軽くて、三十一年引き出しの中にあったものがこんなに軽かったのかと思って、それからにおいがした。紙のにおいではない。何のにおいか分からなくて、分かりそうで分からなくて、鼻を近づけるのは図書館でやることではないと思ってやめた。

 見返しのポケットにカードはなかった。抜かれている。私の名前を書いたカードはどこかに行っていて、それがあの子のやったことなのか図書館のやったことなのか分からないし、訊けば分かるのだけれど、訊く相手は予約の棚のほうに行ってしまった。

 書き込みは、あった。三・二六、庭、メジロ、二羽。父の字だった。右上がりの、力の入った字で、四・六、カワセミ。とうとう。

 私は閲覧室の椅子に座って、父の字を、何度も読んだ。読むたびに、父の声が、少しずつ、思い出せなくなっていくのが分かった。

 泣いた。図書館で、五十七で。五十七で泣くことはないのに、泣いたのだから仕方がなくて、誰も見ていなかったと思うけれど、栗原さんが予約の棚の陰から見ていたかもしれなくて、見ていたなら見ていたで、あとで顔を見て確かめようと思って、確かめに行かなかった。

 本を棚に戻した。戻すとき、隣の会報の背に、本の角が当たって、小さな音がした。

 その夜、あの子に電話した。

 電話なんて、しない。用があればメッセージで、用がなければ何もしない。それが私とあの子で、それでやってきた。だから、五回鳴らして、やっとあの子が出た。

「なに」

「本、返したのね」

 沈黙。長い沈黙。元の夫と同じ沈黙で、私はそれが、昔から、少し憎らしい。

「郷土資料になってた。見てきた。栗原さんっていう人が教えてくれた。あんた、私の名前、消したでしょう。カードの。……消してくれたんでしょう」

「……なんで分かるの」

「分かるわよ。母親よ」

 分からなかった。分からないから訊いた。訊いたら当たった。それでも私はそう言った。

「あのね」

 私は喋った。三十一年前のことを、今度は口を動かして。さっき台所で頭の中で喋ったのと同じことを、同じ順番で喋るつもりだったのに、順番は途中で狂って、父が倒れたのはカワセミの次の週で、いや、次の次の週だったか、いや次の週で、と自分で直しながら、督促が来ないと知っていたこと、来ないから返さなかったこと、父の字のためだと自分に言ったこと、それが全部ではなかったこと、そこまで言った。言ってから、あの子がぬか床の本を借りていた図書館だということに気づいて、それも言った。関係なかった。

 あの子は、ずっと黙っていた。

 喋り終わって、私は、あの子が何か言うのを待った。言わなかった。

「……ぬか床の、もうひとつ」

 あの子が言ったのは、それだった。

「え」

「ばあちゃんが、もうひとつ入ってるって言うやつ。母さん、知ってる」

 知っている。二十歳のとき、一度だけ聞いた。ふうん、と言った。

「知ってるけど」

「教えて」

「教えない」

「なんで」

「ばあちゃんが教えないのに、私が教えたら、怒られるから」

「じゃあ、いい」とあの子は言った。「自分で気づくって、ばあちゃんに言われてるから」

「気づかないわよ、あんたは」

「ひどいな」

「ひどいのよ、私は」

 あの子が、電話の向こうで、少し笑ったような気がした。気がしただけで、確かめていない。確かめる前に、あの子が、切るよ、ぬか床混ぜないと、と言って、私はまだ話があったのだけれど、あの子は切った。

了