五時十分に改札機の二番が止まる。
止まるのは二番と決まっているらしく、高梨が四月に来てから三度目で、三度とも二番だ。表示が消えて、扉が開いたままになる。高梨は三番の横に立って、二番に向かって歩いてくる人を、手で三番へ流す。始発の客は七人で、七人とも眠っていて、手で流されると流される。
六時に尾崎が来る。尾崎は契約で、高梨より三つ下で、来るとまず二番を見て、また、と言う。また、と高梨も言う。尾崎が事務室から紙を持ってきて、二番に貼る。紙には「調整中」と書いてある。調整はしない。業者が来るのは昼で、昼まで紙が調整する。
六時二十分、下りのホームで、男が寝ている。
ベンチの端に、スーツで、靴を片方脱いで、寝ている。高梨はホームに下りて、肩を叩く。男は起きない。もう一度叩く。男は起きて、高梨を見て、高梨の制服を見て、あ、と言う。
「始発で、乗り過ごしました」
「はい」
「戻る下りを待ってて、寝ました」
「はい。いま六時二十分です。下りは二十六分です」
男は靴を履く。履きながら、財布と電話を確かめて、それから鞄を確かめる。鞄がない。鞄、と男が言う。高梨はベンチの下を見る。ない。ホームの端まで見る。ない。男は、まあいいです、と言って、六時二十六分の下りに乗って行く。鞄はない。
六時四十分、鞄が出てくる。
上りのホームの、ベンチの下に、黒い鞄がある。男が降りたほうのホームだ。持ち主はもう下りで行っている。高梨は鞄を事務室に持って帰り、拾得物の紙を書く。名前の欄は空欄で、特徴の欄に、黒、革、ファスナー、と書く。中は開けない。開けるのは二人で、尾崎は改札にいる。
七時、上りが止まる。
止まるのは電車で、駅ではない。二つ先の駅で車両点検、と放送が入る。上りのホームに人が溜まる。七時は溜まる時間で、溜まった人は、時計を見て、電話を見て、高梨を見る。高梨はホームに立つ。立っているのが仕事で、立っていると、訊かれる。
「どれくらい」
「まだ分かりません」
「振替は」
「出ていません」
「どれくらい」
「まだ分かりません」
同じ答えを、違う人に、二十回くらいする。尾崎は改札で、改札に来る人に同じ答えをして、あとで、四十一回、と言う。
七時十二分、上りが動く。溜まった人が乗って、乗り切れなくて、次を待つ。次は七時十七分で、七分遅れて来る。
七時二十五分、子どもが泣いている。
改札の内側、精算機の前で、三つか四つの男の子が、立ったまま泣いている。誰も横にいない。高梨がしゃがむ。名前は、と訊く。男の子は泣く。お母さんは、と訊く。男の子は、精算機を指す。精算機に母親はいない。高梨は男の子の手を持って、事務室に連れて行く。事務室に鞄がある。男の子は鞄を見て、泣きやむ。泣きやんで、鞄を触る。触らないで、と高梨が言う。男の子はまた泣く。
放送を入れる。迷子のお知らせをいたします。三歳くらいの、青い上着の男のお子様が、改札横の事務室でお待ちです。お心当たりのお客様は、お越しください。
七時三十一分、母親が来る。
母親は走ってきて、改札の窓の前で止まって、名前を呼ぶ。男の子は、鞄を触っている。母親は、すみません、と高梨に言って、男の子に、なんで離すの、と言って、男の子は泣く。母親は男の子を抱えて、走って改札を出て行く。
七時四十分、女の人が袋を置いていく。
上りで来て、降りて、改札の内側の精算機で精算をする。精算のあいだ、白いビニール袋を精算機の横の棚に置く。精算が終わって、袋を持たずに改札を出る。高梨は上りのホームから上がってきたところで、それを見ている。見ているが、ホームの上がり口から精算機の棚までは、六歩ある。六歩のあいだに、女の人は北口のバス乗り場のほうへ出て行く。五十代の、紺の上着の女の人で、歩くのが速い。
袋を取りに行く。袋の中は、きゅうりだ。十本くらい。新聞紙に包んで、輪ゴムで留めてある。高梨は袋を事務室に持って帰り、拾得物の紙を書く。特徴の欄に、きゅうり、と書く。
八時、酔った男が来る。
朝の八時に酔っていて、改札の二番に切符を入れようとして、二番は止まっていて、紙が貼ってあって、男は紙を読まないで、切符を入れようとする。尾崎が、三番へ、と言う。男は、二番へ、と言う。尾崎が、止まってます、と言う。男は、止まってない、と言う。高梨が行く。男は高梨を見て、高梨の制服を見て、あ、と言う。
「終電、逃しました」
「いま八時です」
「知ってます」
男は三番から入って、下りのホームのほうへ行く。どこへ行くのかは訊かない。
八時十五分、業者が来る。
昼と言っていた業者が、八時十五分に来る。早い、と尾崎が言う。業者は二番の蓋を開けて、中を見て、ああ、と言って、蓋を閉めて、十分で直す。直ると表示がついて、扉が閉まる。紙を剥がす。剥がした紙は、尾崎が折って、ポケットに入れる。次に使う。
八時三十分、鞄の男が戻ってくる。
六時二十分の男が、上りでまた来て、改札の窓に来て、鞄、と言う。何色ですか、と高梨は訊く。黒、と男は言う。中は。書類と、弁当箱。高梨は事務室から鞄を持ってくる。男は鞄を見て、それです、と言う。高梨は紙を出す。名前と、住所と、電話番号。男は書く。書きながら、財布を確かめる。鞄を開けて、弁当箱を見て、閉める。
男は鞄を持って、上りに乗って行く。会社に遅れる、と言いながら行く。
八時四十分、きゅうりの女の人が戻ってくる。
北口のバス乗り場のほうから来て、改札の窓に来る。紺の上着で、歩くのが速い。窓の前で止まって、高梨を見て、言う。
「きゅうり、ありませんでした」
ありました、と高梨は言う。事務室から袋を持ってくる。女の人は袋を見て、それ、と言う。紙を出す。同じ紙で、同じ欄。女の人は書く。字が大きい。
「会社に持って行くつもりで」
「はい」
「バスに乗って、会社に着いて、気づいて」
「はい」
「戻ってきたら、一時間」
「はい」
女の人は袋を持つ。持って、袋の中を見て、一本出して、窓から高梨に渡す。
「一本」
高梨は受け取る。規則で、拾得物の礼は受け取らない。受け取ってから、思い出す。女の人はもう、バス乗り場のほうへ行く。歩くのが速い。高梨はきゅうりを持って、窓の内側に立っている。尾崎が見ている。
「食べる」と尾崎が訊く。
「あとで」
高梨はきゅうりを事務室の机の上に置く。
八時五十分、上りも下りも止まる。
今度は三つ先の駅で、線路に人が入った、と放送が入る。人が入っただけで、人は出ている。出ているが、確認に時間がかかる。両方のホームに人が溜まる。八時五十分は七時ほど溜まらない。溜まった人は、高梨を見る。
「どれくらい」
「まだ分かりません」
九時五分、動く。
九時三十分、女の人が倒れる。
下りのホームの、真ん中のベンチの前で、若い女の人が、座り込んで、それから横になる。高梨が行く。尾崎が救急に電話する。女の人は目を開けていて、大丈夫です、と言う。高梨は横にしゃがんで、何も訊かない。救急は八分で来る。八分のあいだに、下りが二本来て、二本とも、乗る人が女の人をよけて乗る。よけながら、見る。見ながら、乗る。
救急の人が女の人を運んで行く。女の人は運ばれながら、すみません、と言う。誰に言ったのかは分からない。
十時、静かになる。
改札は四台とも動いていて、上りも下りも時刻表どおりだ。高梨は改札の横に立って、通る人を見る。尾崎が事務室で、紙を書いている。朝の分の紙は、七枚ある、と尾崎が言う。高梨は聞いていない。
十一時、団体が来る。
二十人くらいの年寄りの団体で、揃いの帽子で、旗を持った人が先に来て、改札の窓で、二十三枚、と言う。二十三枚の切符を高梨が出す。旗の人が二十三枚を配る。配り終わると、二枚余る。旗の人が数え直す。二十一人だ。二枚戻す。二枚戻ってから、二人が遅れて来る。二枚渡す。団体は上りのホームへ下りて、七分後の上りに乗って、行く。ホームに、帽子が一つ落ちている。
帽子を事務室に持って帰る。拾得物の紙。特徴の欄に、帽子、白、と書く。
十二時、尾崎が昼に行く。
高梨は一人になる。一人で改札に立つ。十二時は昼で、昼は溜まらない。通る人は通って、通らない人は通らない。改札の外の券売機の前で、男が千円札を入れて、千円札が戻ってきて、また入れて、また戻ってきて、高梨を見る。高梨は行く。千円札の角が折れている。角を伸ばして、入れる。入る。男は切符を買って、礼を言わずに行く。
十二時十五分、鳩が改札の内側に入っている。
どこから入ったのかは分からない。鳩は精算機の上に止まって、高梨を見ている。高梨は鳩を見る。鳩は動かない。高梨も動かない。動かないでいると、鳩が飛んで、改札の三番の上を越えて、外に出る。出て、北口のほうへ行く。改札の三番は、鳩が通っても鳴らない。
十二時四十分、尾崎が戻る。鳩の話を聞いて、見たかった、と言う。高梨は、また来る、と言う。
十三時、電話が鳴る。
拾得物の帽子の持ち主からで、団体の人で、帽子は要らない、と言う。要らないので、そちらで処分してください、と言う。高梨は、分かりました、と言う。帽子は事務室の棚にある。
十三時二十分、遅番の松井が来る。
机の上のきゅうりを見る。持って帰るか、置いていくか。置いていくと尾崎が食べる。持って帰ると高梨が食べる。どちらでもいい。高梨はきゅうりを鞄に入れる。
引き継ぐ前に、早番は一度、自分の声で放送を入れる。それが早番の最後の仕事で、高梨はマイクの前に立って、いつもの文を読む。
――ご案内いたします。二番線に、まもなく上り電車がまいります。黄色い線の内側まで、お下がりください。