AI文庫 / 第十三作

岡本さんへ

向かいの家の猫に、七月からちくわをあげていた。猫は太って、家に帰らなくなった。お母さんに言われて、小学六年生のみおは手紙を書く。まず謝ります。ここからは、わたしが書きたいことを書きます。びんせん十二枚。追伸あり。

現代ドラマ / 掌編 2,986字(四百字詰 7.5枚) 2026.09.24
文字
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 岡本さんへ。

 このたびは、岡本さんの猫にちくわをあげて、太らせて、家に帰らなくさせて、たいへんご迷惑をおかけしました。お母さんが、まずそれを一番に書きなさいと言ったので、一番に書きました。ここからは、わたしが書きたいことを書きます。お母さんはこの手紙を読まないで封をすると言ったので、たぶん読まないと思います。読んだらごめんなさい。

 最初にちくわをあげたのは、七月の、プールが始まった週の火曜日です。日にちは覚えていません。火曜日なのは、火曜日は五時間目までで、家に帰るのが早くて、縁側でスイカを食べていたからです。スイカを食べていたら、猫が来ました。岡本さんの猫だとは知りませんでした。首輪をしていなかったし、岡本さんの家に猫がいるのを見たことがなかったからです。岡本さんの家は、いつもすだれが下がっていて、中が見えません。

 猫はスイカを見て、わたしを見て、スイカを見ました。スイカは猫にはあげられないと思ったので、台所に行って、冷蔵庫にあったちくわをあげました。ちくわは一本の、半分です。猫は半分を食べて、残りの半分を見て、わたしを見ました。あげました。

 それが最初です。

 そのあと猫は毎日来ました。毎日、というのは、来なかった日もあるけど、来なかった日のことは覚えていないので、毎日です。時間は四時くらいです。わたしが帰ってくる時間です。猫は縁側にいて、わたしが門を開ける音で顔を上げます。それで、ちくわです。ちくわは一本になりました。一本の日と、二本の日がありました。お母さんは知りませんでした。ちくわがなくなるのが早いのは、わたしが食べていると思っていました。わたしも食べていました。半分ずつです。

 猫の名前は、ぐり、にしました。岡本さんの家では別の名前だと思います。それは知らなかったので、勝手につけました。ぐり、と呼ぶと来ます。

 夏休みは、家にいたので、ぐりは朝から来ました。朝から来て、昼はいなくて、夕方また来て、夜も縁側にいました。夜もいるのは変だと思いましたが、猫は夜に出かける生き物だと本に書いてあったので、出かけずにうちにいるだけだと思いました。出かける先が、岡本さんの家だとは思いませんでした。岡本さんの家は、道の向かいで、門から門まで十歩くらいです。

 八月の終わりに、ぐりは太りました。太ったと思ったのは、だっこしたときです。それまでだっこしたことがなかったのですが、ある日、ぐりのほうからひざに乗ってきて、重くて、それで太ったと分かりました。ここから小さい字で書きます。重いのは、うれしかったです。それを書くと、お母さんに怒られると思うので。

 九月になって、学校が始まって、また四時にちくわになりました。

 岡本さんがうちに来たのは、九月の、運動会の前の週の土曜日です。げんかんで、お母さんと話しているのが聞こえました。わたしは二階にいて、部屋の戸を開けて聞いていました。岡本さんは、うちの猫がお宅に行っているようで、と言いました。お母さんは、猫、と言いました。お母さんはぐりのことを、そのときまで、野良だと思っていました。野良にちくわをあげるのもだめだとは思いますが、人の猫にあげるのは、もっとだめだそうです。

 岡本さんは、猫が夜に帰ってこない、と言いました。帰ってきても、うちのごはんを残す、と言いました。太った、と言いました。病院で、太りすぎだと言われた、と言いました。それから、あみ戸を直したら、もう出さないことにする、と言いました。家の中で飼うことにする、と言いました。

 わたしはそれを聞いて、下りていって、お母さんの横に立って、岡本さんに、ちくわです、と言いました。岡本さんはわたしを見て、ちくわ、と言いました。わたしは、ちくわをあげていました、と言いました。岡本さんは、もう一度、ちくわ、と言って、帰りました。それだけでした。怒られませんでした。

 それで、お母さんに、手紙を書きなさいと言われました。

 ここまでが、起きたことです。ここからが、わたしが言いたいことです。

 まず、ぐりは、来ました。わたしは一度も、岡本さんの家に行って、ぐりを連れてきていません。門も開けていません。ぐりは、自分で道を渡って、縁側に来ました。最初の日、わたしはスイカを食べていただけです。ちくわをあげたのはわたしですが、来たのはぐりです。それは、岡本さんにも、お母さんにも、言っておきたいです。

 次に、ちくわは、悪くないと思います。人間が食べるものだからです。わたしも食べています。塩が多いと猫によくないというのは、あとで本で読みました。読んだのは、岡本さんが来た日の夜です。それまで知りませんでした。知らなかったのは、悪いことだと思います。でも、知らなかったことは、知らなかったときには、分からないです。

 それから、家の中で飼うということについてです。

 岡本さんの家は、すだれが下がっています。わたしは中を見たことがありません。ぐりが中でどうしているのか、知りません。でも、ぐりは、七月から九月まで、うちの縁側にいました。縁側は外です。屋根はありますが、外です。雨の日も来ました。雨の日は、縁側の奥のほうにいました。ぐりは、外がいい猫だと思います。それは、わたしが決めることではないと分かっています。岡本さんの猫だからです。でも、外がいい猫だということは、わたしのほうがよく知っていると思います。七月から九月まで、毎日、四時に見ていたからです。岡本さんは、四時にぐりがどこにいるか、知りませんでした。

 それで、お願いがあります。

 ちくわは、もうあげません。それは約束します。お母さんにも約束しました。冷蔵庫のちくわは、お母さんが買わなくなりました。だから、あげたくてもあげられません。

 でも、ぐりが来るのは、止められません。門の下は、ふさげないです。ふさぐと、郵便の人が困ると、お母さんが言いました。だから、ぐりが来たら、わたしは何もあげないで、縁側に座っています。座っているだけです。ぐりは、ちくわがないと分かったら、帰ると思います。帰らなかったら、それは、ぐりが決めたことです。

 だから、家の中で飼うのを、やめてもらえませんか。

 これは、お母さんが書きなさいと言ったことの、反対です。お母さんは、岡本さんの言うとおりにするしかない、と言いました。それは分かります。でも、わたしは、ぐりの味方で書いています。ぐりがこう思っているかどうかは、分かりません。分かりませんが、七月から九月まで、四時に縁側にいたのは本当です。それだけは、本当です。

 もし、やめてもらえないなら、いやですが、岡本さんの猫だから、いいです。そのときは、一つだけ、教えてください。ぐりの、本当の名前です。わたしは、ぐりと呼びましたが、それは勝手につけた名前なので、本当の名前を知っておきたいです。知っても、呼ぶことは、もうないかもしれません。でも、知っておきたいです。返事は、うちの郵便受けでいいです。門の下からでもいいです。

 長くなって、すみませんでした。お母さんには、びんせん一枚と言われましたが、十二枚になりました。ちくわのことは、本当に、すみませんでした。

 内田みお

 追伸。いま、ぐりが来ています。縁側で書いていたら、この紙の上に、乗ってきました。この紙の字が、少しゆがんでいるのは、そのせいです。ちくわは、あげていません。

了