支柱は、佳代の顎の高さにあった。
去年の九月には、頭より上にあった。上の横棒に結んである紐を切るのに、踵を上げた覚えがある。今年は上げなくていい。足を揃えて立つと、顎の下に、横棒が渡っている。
九月の土曜日で、朝から晴れていた。実家は、駅から下りで三つ目の駅で降りて、歩いて十五分の農家で、家の裏に畑がある。畑といっても、いま作っているのは裏の一枚だけで、あとは人に貸しているか、草にしている。その一枚に、きゅうりの畝が一本、家と平行に長く伸びている。両側から鋼管の支柱を斜めに差して、上で交差させ、横棒を渡して、そこに緑のネットを張ってある。春に父が立てたものだ。四月、佳代は来なかった。年度の変わり目で、会社が忙しかった。
佳代は、朝の下りで来た。週末は泊まって、月曜の朝の上りで、そのまま会社に行く。五月から、そうしている。駅から家までの道は、途中から歩道がなくなって、田の間を通る。稲は、穂を垂れていた。刈り終えた田もあった。途中で紺の上着を脱いで、腕に掛けた。前を歩いていた人を、追い越した。家に着いて、着替えて、裏に出るまでに、三十分かかった。着替えは、実家に置いてある。
畝は、手前から奥まで、茶色くなっていた。葉は紙のように乾いて縮れ、茎はネットに絡んだまま立ち枯れている。風が来ると、乾いた葉が擦れる音がする。
父は、畝の手前の端に、ひっくり返したコンテナを置いて座っていた。コンテナの横腹に、白いペンキで、田島、と書いてある。麦わら帽子をかぶって、両手を膝に置いて、佳代を見ずに、畝のほうを見ている。父は八十三で、佳代が毎週来るようになってから、畑に出ると、あとから来て、そこに座る。
軍手は、縁側に置いてあった父のものを借りた。自分のは、先週、濡らしたまま持って帰っていた。父の軍手は親指の付け根が伸びていて、佳代がはめると、そこだけ布が余った。長靴は、五月に買った自分のもので、踵がまだ硬い。
紐は、支柱と横棒を束ねるところと、ネットを横棒に留めるところに、一か所ずつ結んである。麻紐で、父の結び方だった。佳代は最初の一つを、ほどこうとした。結び目は乾いて固く締まっていて、軍手の指ではつまめない。軍手を外して、爪を立てた。麻の繊維が爪の間に入っただけで、結び目は動かなかった。誰にもほどけないじゃない。
鋏で切った。納屋から持ってきた剪定鋏で、紐は、あっけなく切れた。二つ目からは、ほどこうとしなかった。
ネットを剥がす。きゅうりの巻きひげが、ネットの糸に何重にも巻きついたまま乾いて、針金のようになっている。引っ張ると、ネットが伸びるだけで、ひげは離れない。一本ずつ、ひげをちぎるか、糸から巻き戻すかしないと、ネットは畑から出ていかない。父はネットを毎年使う。
膝をついて、ひげを取った。乾いた茎は、ひげを取るたびに折れて、粉が立った。粉が鼻に入って、くしゃみが出た。父は、こちらを見なかった。
ネットの手前の端が、支柱から離れた。丸めて、畝の脇に置く。丸めたネットは軽くて、風が来ると転がった。長靴で押さえた。
支柱は、地面に三十センチほど刺さっている。両手で握って、前後に揺すってから、上に引く。端の一本は、揺すったら抜けた。隣は、揺すっても動かなかった。夏のあいだに、土が締まっている。佳代は腰を落として、支柱を胸に引きつけて、膝を伸ばした。支柱が、少し、上がった。揺すって、引いて、揺すって、引いて、抜けた。抜けた支柱の先には土が固まってついていて、それを長靴の側面で叩いて落とす。
抜いた支柱は、畝の脇に、家と平行に寝かせた。父が春に運んできたときの向きが、それだったのだと思う。
佳代が畝の手前から支柱の四本分ほど進んだところで、父が立ち上がった。コンテナを持って、四本分、畝の奥へ歩いて、置いて、座った。帽子の位置を直した。佳代が進むと、父は、進んだ分だけ、コンテナを奥へ運んだ。
母が縁側に麦茶を出した。台所の窓から母の声がして、声は、テレビに向いていた。明日は雨だと、テレビが言っている。母がそれを繰り返した。
縁側に腰掛けて麦茶を飲むと、太腿が震えていた。コップに、軍手の土が付いた。会社で八時半に椅子に着いて、五時半に立つまで、太腿が震えたことはない。震えたまま、飲み終えて、コップを置いて、立った。立つときに、縁側に手をついた。
軍手を外して、右の手のひらを見た。人差し指の付け根のところが、白く、盛り上がっている。中に水が入っているのが、押すと分かる。父の軍手は、そこが薄くなっていた。佳代は軍手をはめ直した。
畝の中ほどの支柱は、端よりも深く刺さっていた。父は真ん中ほど深く差す。理由は知らない。深い分だけ、揺すっても動かない。佳代は腰を落として、胸に引きつけて、膝を伸ばした。動かなかった。もう一度落として、伸ばした。動かなかった。支柱を握ったまま、一度、手を離した。
離して、握り直して、体を後ろに倒すようにして引いた。支柱が、抜けた。抜けると分かっていなかったので、佳代は支柱を握ったまま、畝の脇の土の上に、尻から座った。抜けた支柱は、膝の上に横になった。
座ると、支柱は、頭より上にあった。
残っている支柱の列が、座った佳代の上に、続いていた。上の横棒が空を区切っていて、ネットの目から、乾いた葉が下がっている。佳代はしばらく、座ったまま、それを見ていた。長靴の中に土が入っていた。ズボンの尻が、湿っていた。
父は、座ったままだった。こちらを見て、それから、畝のほうに顔を戻した。
佳代は支柱を杖にして立った。
素麺は、母が茹でて水で締めて、ざるに盛ってあった。縁側で食べて、また畑に出た。父は先に食べて、座敷に入って、障子を閉めていた。コンテナは、父が最後に置いた場所にあった。畝の、奥から三分の一のところ。
風が止んだ。乾いた葉が音を立てなくなって、代わりに、鋏の音と、支柱が土から抜ける音だけになった。支柱が抜けるときの音は、抜ける前に、少しだけする。土と鋼管が擦れて、それから、抜ける。佳代はその音で、次に力を入れるときを覚えた。一本だけ読み違えて、また尻をついた。
ネットは、畝の脇に、丸めたものが並んでいく。ひげを全部取り切れていない。取り切れていないネットは、丸めると、ひげの先が外に出て、隣のネットに引っかかる。父なら全部取る。今年、佳代は、取り切れなかったところを、そのまま丸めた。
コンテナのすぐ先で、ネットの下が変わった。
上は、手前と同じ茶色だった。乾いた春のつるが、ネットに絡んだまま残っている。その根元に、緑があった。春のつるの切り株のあいだに、小さいきゅうりの苗が、並んでいる。手のひらより小さい葉で、茎は細く、ネットの一番下の目に、巻きひげを掛けたばかりだった。葉は、上から落ちた粉をかぶっていた。葉の付け根に、黄色い蕾がある。ネットの目に、洗濯ばさみで、種の袋が留めてあった。きゅうりの絵が印刷してある。
八月、佳代は毎週来ていた。来て、畝の手前の、まだ採れていたきゅうりを採って、月曜に会社に持っていった。会社に持っていくと、なくなる。誰が持って帰るかは、見ていない。手前で採れる分だけで、袋はいっぱいになった。
佳代は、境目の一本先まで、紐を切っていた。ネットの上の端が、苗の上に、たるんで垂れている。佳代はたるんだ分を持ち上げた。持ち上げたネットに、ひげを掛けたばかりの一本が、根ごとついてきた。ついてきたまま、横棒に掛け直して、切った紐の残りで結んだ。固結びで、二度。紐が短くて、二度目は、指先だけで結んだ。軍手を外していたので、指先に麻の繊維が刺さった。固結びの結び目が、横棒の上で目立った。
残りの支柱は、立てたままにした。コンテナは、境目の手前にあったので、動かさなかった。父が動かすなら、父が動かせばいい。
抜いた支柱は、納屋に運んだ。一度に五本持てた。肩に載せると、鋼管が鎖骨に当たった。畝と納屋のあいだを、何度も往復した。納屋は畑の北の隅にあって、トタンの屋根で、中は昼でも暗い。支柱は、去年まで、父が十本ずつ麻紐で束ねて、壁に立てかけていた。佳代は束ねなかった。束ねる紐がどこにあるか知らなくて、探すより、寝かせるほうが早かった。壁に沿って、床に並べた。並べた支柱の下に、土が落ちた。
ネットは、支柱の上に、丸めたまま積んだ。ひげの先が出ているネットが、積むときに、下のネットに引っかかって、引っかかったまま置いた。
納屋を出るとき、右の手のひらの、白く盛り上がっていたところが、破れていた。いつ破れたか分からない。軍手の内側が、そこだけ湿っている。皮は、めくれて、まだついている。佳代は軍手をはめたまま、めくれた皮を、指で押さえた。
母が風呂の湯を入れていて、水の音が、納屋まで来た。父は、まだ出てこない。畑の上に、支柱の影が、抜いたところはなくて、残したところは、畝を越えて、隣の草地まで伸びている。
納屋の入口の柱に、鉛筆で字が書いてある。子どもの頃からあった。日付と、その横に、立、か、抜、の一文字。上のほうは薄くて読めない。読めるところは、みな同じ字で、四月と、九月と、たまに十月が、交互に並んでいる。一番下に、四月二十二日、立、と書いてある。今年の字で、父の字だった。鉛筆は、柱の釘に、紐で吊るしてある。
佳代は鉛筆を取った。右の手のひらの破れたところに、鉛筆の軸が当たって、握り方を変えた。
四月二十二日の下に、父の二行分の高さで、九月十六日、と書いた。