三者面談は、一人十五分で組んである。
話が時間内に済んだ家は、十一月の最初の週に、一つもなかった。終わらないまま次の家が廊下の椅子に座っていて、担任が、終わらせる。
関根の家は、水曜の、五つ目だった。
十月の進路希望調査の紙を、名簿の順に束にして、机の端に置いてある。関根の紙は、生徒欄に、県立の工業高校の機械科と書いてある。保護者欄には、母親の字で、県立の普通科の高校が書いてあって、判が押してある。
廊下で、関根に訊いた。家で、これ、話した。関根は、まだ、と言って、言う、とも言った。
母親は、パートの帰りで、エプロンを畳んで鞄に入れているところだった。関根は、制服のまま、母親の横に座った。椅子は、生徒用のを三つ、机を挟んで向かい合わせにしてある。
母親は、高校の一覧を、手に取った。普通科の高校の欄を、去年の倍率まで、読んだ。
母親が、先に話した。塾は週に三回にした、二学期の成績は上がったと聞いている。私は、成績の一覧を、母親のほうへ向けた。数学が三から四、英語は三のまま。母親は、指で、数学のところを押さえた。
「普通科、いけますよね」
いまの成績なら、と答えた。
関根は、机の端の、鉛筆を置く溝を見ていた。
母親が、関根の肩を、押した。
「先生の前でも、こうですか」
学校では、話します、と言った。技術の時間は、よくしゃべる。
母親は、成績の一覧に戻った。普通科の高校の名前を言って、そこなら乗り換えがない、と言った。本人も、分かっている。
調査票を、束から出した。
「本人の欄は、工業と書いてありますが」
言ってから、紙を置いた。
母親が、紙を取った。上の欄を読んでから、下の欄の、字を見た。
「聞いてない」
「書いてない」
関根が、言った。字は、関根の字だった。
母親は、紙を、机に戻した。
「帰って、話します」
面談は、十五分より、五分早く終わった。廊下の椅子に、次の家の母親と女子生徒が座っていて、関根の母親が出ていくとき、二人は立って、頭を下げた。関根は、母親の後ろを、鞄を片方の肩に掛けて、歩いていった。
次の家を、呼んだ。
職員室で、学年主任の坂東先生に呼ばれた。関根の母親から、ゆうべ、電話があった。担任が、本人の書いたものを、本人に断りなく、保護者に見せた。
坂東先生は、別の学年の紙をそろえながら、言った。
「次から、私も入る」
関根は、その週、提出物を出した。生活ノートも、出した。私が返事を書いて返すと、次の日の生活ノートは、天気と、授業の内容だけになった。
技術の先生が、職員室で、関根が作った真鍮の文鎮を、見せた。角が、全部、落としてあった。
十二月の進路希望調査の紙は、朝の会で配って、三日後の朝の会で集めた。関根は、折って、出した。生徒欄が、普通科の高校になっていた。保護者欄も、同じ高校で、判があった。字は、上も下も、関根の字ではなかった。
一月の終わりに、出願の確認をした。場所は職員室の隣の進路指導室で、机が一つに、椅子が六つある。坂東先生が、私の横に座った。母親は、コートを着たままだった。
確認票の志望校の欄は、普通科の高校だった。保護者の署名の欄に、母親の字があった。
確認は、担任が志望校の名前と、紙の終わりの、相違ありません、の一行を読み上げて、保護者と本人が答えることになっている。
私は、確認票を、二人のほうへ向けた。
坂東先生が、志望校の名前と、一行を、読み上げた。
母親が、うなずいた。関根が、うなずいた。