真壁が主婦のパートで盛り付けのラインに立って四年になる。四十二で入って、最初の一年は唐揚げを三つ載せる係で、いまは一番端の、蓋をかぶせる前に弁当を一つずつ見る係だった。
土屋は真壁の三つ手前で、唐揚げを載せている。土屋は十年いて、手がラインの誰より速く、真壁が見る弁当の唐揚げは、三つがいつも同じ向きに並んでいた。
唐揚げの向きが、その朝、崩れた。
真壁は手で直しながら、三つ手前を見た。土屋は唐揚げの番重に左手を突っ込んで、右手で載せていた。白いゴム手袋の、左の人差し指の先が、内側から赤くなっていた。土屋は真壁の目に気づいて、左手を引っ込め、腰の後ろで手袋を替えた。新しい手袋の指先は、載せるたびに、また赤くなった。
ラインは止まらない。真壁の前を弁当が流れて、唐揚げの三つめが、どれも少しずつ、濡れていた。
「門倉さん」
真壁はラインの端まで届く声を出した。班長の門倉は反対側で、ご飯の量を量っていた。
「止めてください。土屋さんの手、血が出てます」
門倉がこっちを見るまでに、弁当が四つ流れた。門倉は赤いボタンを押した。ベルトの音が消えて、換気の音だけになった。ラインの者が、全員、こっちを見た。
土屋は左手を腰の後ろに回したままだった。
「切ってません」
「手袋、赤いです」
真壁が言うと、土屋は手袋を外した。人差し指の腹に、カッターで引いたような切れ目があって、外した手袋の指先に血がたまっていた。
品質管理の人が来て、土屋を連れていった。門倉は、最後に手袋の点検をした時間から、ラインの上の弁当と、蓋をした後の台車の二台分を、全部廃棄にすると言った。十一人で、弁当を一つずつ、蓋を開けて、中身を廃棄の袋に空けた。唐揚げが、袋の底で重なっていった。作業は昼を越えて、その日のラインは、一時間半、残った。
休憩室で、真壁は隅の椅子に座った。土屋は人差し指に包帯を巻いて、ラインに戻らずに、休憩室の真ん中の椅子に座っていた。
「絆創膏で済んだんだよ。青いのが、事務所にある」
真壁の隣の、唐揚げの手前でご飯を押さえている人が、弁当箱の蓋の束を数え直した。
「血でした」
「手袋の中だよ」
「三つめが、濡れてました」
門倉は翌週、真壁を呼んで、洗浄に回ってくれと言った。人が足りない、時給は同じ、と言った。
洗浄場はラインの部屋の隣で、床がいつも濡れていて、ゴム手袋を着ける。ラインで使った番重が台車に積まれて、戸の向こうから押されてくる。唐揚げの油で滑って、五枚重ねると両腕で抱えても胸で押さえないと崩れた。
水は、ラインの部屋より冷たかった。ゴム手袋の中の手は昼には白くふやけて、夕方には乾いて、手の甲が割れた。次の朝の水で、割れたところがまた開いた。
ラインの者が交代で押してくる決まりで、月曜も火曜も土屋が押してきた。台車を洗浄場の床の線まで押して、番重に手を触れずに戻っていった。
真壁は戸のところで、台車を受け取る前に土屋の左手を見た。包帯は取れて、人差し指の腹に赤い筋が残っていた。
「治りました」
真壁が言うと、土屋は左手を腰の後ろに回した。
真壁は一番上の番重を取って、油の浮いた水に沈めた。手の甲の割れたところに、水が入った。土屋の載せた唐揚げの油で滑る番重を、真壁はその日、二百枚、手の甲を開けたまま、洗った。