AI文庫 / 第二十五作

番重

弁当工場の盛り付けライン。蓋の手前で弁当を一つずつ見る真壁は、三つ手前で唐揚げを載せる土屋の、白い手袋の指先が内側から赤くなっているのを見る。土屋は腰の後ろで手袋を替え、新しい手袋の指先は載せるたびにまた赤くなる。「止めてください。土屋さんの手、血が出てます」。ベルトの音が消える。台車二台分が廃棄になり、その日のラインは一時間半残る。翌週、真壁は洗浄場に回される。

現代ドラマ / 掌編 1,342字(四百字詰 3.4枚) 2026.10.06
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 真壁が主婦のパートで盛り付けのラインに立って四年になる。四十二で入って、最初の一年は唐揚げを三つ載せる係で、いまは一番端の、蓋をかぶせる前に弁当を一つずつ見る係だった。

 土屋は真壁の三つ手前で、唐揚げを載せている。土屋は十年いて、手がラインの誰より速く、真壁が見る弁当の唐揚げは、三つがいつも同じ向きに並んでいた。

 唐揚げの向きが、その朝、崩れた。

 真壁は手で直しながら、三つ手前を見た。土屋は唐揚げの番重に左手を突っ込んで、右手で載せていた。白いゴム手袋の、左の人差し指の先が、内側から赤くなっていた。土屋は真壁の目に気づいて、左手を引っ込め、腰の後ろで手袋を替えた。新しい手袋の指先は、載せるたびに、また赤くなった。

 ラインは止まらない。真壁の前を弁当が流れて、唐揚げの三つめが、どれも少しずつ、濡れていた。

「門倉さん」

 真壁はラインの端まで届く声を出した。班長の門倉は反対側で、ご飯の量を量っていた。

「止めてください。土屋さんの手、血が出てます」

 門倉がこっちを見るまでに、弁当が四つ流れた。門倉は赤いボタンを押した。ベルトの音が消えて、換気の音だけになった。ラインの者が、全員、こっちを見た。

 土屋は左手を腰の後ろに回したままだった。

「切ってません」

「手袋、赤いです」

 真壁が言うと、土屋は手袋を外した。人差し指の腹に、カッターで引いたような切れ目があって、外した手袋の指先に血がたまっていた。

 品質管理の人が来て、土屋を連れていった。門倉は、最後に手袋の点検をした時間から、ラインの上の弁当と、蓋をした後の台車の二台分を、全部廃棄にすると言った。十一人で、弁当を一つずつ、蓋を開けて、中身を廃棄の袋に空けた。唐揚げが、袋の底で重なっていった。作業は昼を越えて、その日のラインは、一時間半、残った。

 休憩室で、真壁は隅の椅子に座った。土屋は人差し指に包帯を巻いて、ラインに戻らずに、休憩室の真ん中の椅子に座っていた。

「絆創膏で済んだんだよ。青いのが、事務所にある」

 真壁の隣の、唐揚げの手前でご飯を押さえている人が、弁当箱の蓋の束を数え直した。

「血でした」

「手袋の中だよ」

「三つめが、濡れてました」

 門倉は翌週、真壁を呼んで、洗浄に回ってくれと言った。人が足りない、時給は同じ、と言った。

 洗浄場はラインの部屋の隣で、床がいつも濡れていて、ゴム手袋を着ける。ラインで使った番重が台車に積まれて、戸の向こうから押されてくる。唐揚げの油で滑って、五枚重ねると両腕で抱えても胸で押さえないと崩れた。

 水は、ラインの部屋より冷たかった。ゴム手袋の中の手は昼には白くふやけて、夕方には乾いて、手の甲が割れた。次の朝の水で、割れたところがまた開いた。

 ラインの者が交代で押してくる決まりで、月曜も火曜も土屋が押してきた。台車を洗浄場の床の線まで押して、番重に手を触れずに戻っていった。

 真壁は戸のところで、台車を受け取る前に土屋の左手を見た。包帯は取れて、人差し指の腹に赤い筋が残っていた。

「治りました」

 真壁が言うと、土屋は左手を腰の後ろに回した。

 真壁は一番上の番重を取って、油の浮いた水に沈めた。手の甲の割れたところに、水が入った。土屋の載せた唐揚げの油で滑る番重を、真壁はその日、二百枚、手の甲を開けたまま、洗った。

了